知識

男性型脱毛症と薬治療

佐藤 明男

1.男性型脱毛症(Androgenetic Alopecia;AGA)とは

または壮年性脱毛症とは、思春期以降に主に遺伝的背景を持って出現する進行性の「禿頭症」のことを呼びます。症状の出現部位は、前頭から頭頂部が主体で一部後頭部の上方まで連続的に罹患することがあります。

 原因を簡単に言えば、毛乳頭細胞における男性ホルモン受容体の感受性の強さによるのですが、複雑な経路にて起こっていると考えられています。

2. 保存的治療

a.外用薬「ミノキシジール:Minoxydile」

1970年代後半に高血圧治療薬(内服薬)として開発されたミノキシジールは副作用として多毛症を引き起こすことが報告されました。この副作用である多毛症を起こすことを利用して作られたのが発毛薬である外用のミノキシジールです 。現在、欧米では商品名「ロゲイン」という2%、5%の外用薬(図-1)が販売されています。 日本では、商品名「リアップ」という1%外用薬だけが薬局にて販売されています。

1987年、米国の製薬企業であるUp & Jhon 社は臨床治験の成績を発表しました。これは、男性型脱毛症の頭頂部患者のうち30%に毛髪再生を認めたというものでした。FDA(米国薬品食品衛生局)はロゲインを「頭髪治療薬」として認可しました。しかし、当時はミノキシジールの薬理作用と毛髪再生の作用機序は明確に証明されておらず、その後の研究で、角質化細胞の増殖促進効果、皮下組織の血流促進効果、毛乳頭細胞の血管内皮細胞増殖因子の増加効果などが報告されましたが、現在では毛乳頭細胞においてprostaglandin endoperoxide synthetase-1 が活性化され、PGE2 の合成が高まり毛髪再生が促進されると考えられています。 その臨床効果に関してOlsenらは、Norwood分類でⅢvertexとⅣの患者を対象に調査したところ、5%,ミノキシジール使用者のうち23%で軽度改善、35%で中等度または高度に改善し、2%,ミノキシジール使用者のうち22%で軽度改善、24%で中等度または高度に改善したと報告しています。また、5%のミノキシジールは日本人の頭皮には刺激が強く、接触性皮膚炎を起こしやすい事が時々あります。 ではなぜ、このように発毛効果の高いミノキシジールを内服で使用しないのか、ということを説明します。これは、実験で犬に3 mg/Kgの容量で内服させたところ心臓破裂が起こりました。これは、ミノキシジールが心筋のアポトーシス(細胞の自己死)を抑制することより心筋肥大が起こり破裂したと考えられたからです。その後、同様に何回も犬の実験を行いましたが犬の心筋破裂は起こらなかったということです。しかしながら、実際の人間に心臓破裂が起こったら重大事ですから、実際の頭髪治療には使われておりません。世界的にも、頭髪治療用の内服薬としてのエビデンスは無いと考えられています。

b.内服薬「プロペシア:Propecia」

全世界60カ国で約200万人が処方されていると言われる男性型脱毛症治療薬のプロペシア(図-2)の長期成績は第59回米国皮膚科学会で発表されその安全性と効果が証明されました。(表-1)プロペシアの一般名はFinasterideと言い、Type Ⅱ 5-α reductase の選択的阻害薬です。本来は、良性前立腺肥大改善薬として発売され、その副作用に男性型脱毛症の改善が認められたことより製品化が進みました。日本に於いても平成16年11月発売に万有製薬より発売予定です。その薬理効果は(図-3)に示すように毛乳頭細胞内に到達したtestosteroneがType Ⅱ 5-αreductaseの作用を受けType Ⅱ DHTに変換される正常反応のところで、FinasterideがType Ⅱ 5-αreductaseを選択的に阻害するためType Ⅱ DHTの蓄積が起こらず、結果的に脱毛状態が改善に向かうことです。私の臨床研究では、年齢18歳から63歳の男性型脱毛症患者204名対して、Propeciaを用量 0.5 mg/day で1年間投与したところ、78.5 % の症例に「明らかな改善・改善」が認められた。また、副作用については2例に「軽度精力減退」が認められた。このデータは欧米の臨床データとほぼ一致します。従って、Propeciaの日本人に於ける効果もほぼ同様と考えられる。参考にわたくしのクリニックでの臨床例を(図-4)で示します。

(表-1) プロペシアの長期成績(第59回米国皮膚科学会、2001年、サンフランシスコ)

c.その他の治療薬

日本ではその他に「薬用」と冠した育毛剤がたくさん販売されています。これら日本の育毛剤の多くは欧米では認可販売されていない製品がほとんどです。日本の育毛剤の批判をするものではありませんが、米国のFDAで認可された発毛剤はミノキシジールとプロペシアだけです。このような事情を考慮して治療薬を選ばれた方が賢明と思います。

また、他の降圧剤、ループ利尿剤、ステロイドホルモン等は副作用で発毛効果がありますがどれも検討段階であり、実際の治療に使う場合副作用のリスクが多いと思いますのでお気を付け下さい。また、2%のケタコナゾール入りのシャンプーに発毛効果があるとの報告もありますが有効性と安全性の検討結果は明らかではありません。

d.未認可薬の扱いについて

現在、ロゲインとプロペシアの国内製造販売認可がないため、国内での入手は不可能です。しかしながら、下記の理由で処方する医療機関があります。

医師法より
医師の応召義務より患者から治療を要請された場合理由なく断ることが出来ない。
薬事法より
国内認可の無い薬剤の輸入に関しては、治験用途の場合と患者治療における緊急性があった場合に輸入が許可されことがある。

以上の法解釈によって下記の条件が満たされる場合、違法性は問われないようです。

条件
薬剤使用による副作用は医師と患者が持つ。
十分なインフォームドコンセントがある。

しかし、平成16年11月より万有製薬がプロペシアを発売することになりました。これにより、国内でも合法的かつ容易に入手可能になることは、男性型脱毛症の患者にとって朗報と思います。あとは、ミノキシジールの2%,5%の製品が入手可能になれば、頭髪の薬剤治療も欧米並みになります。

e. 治療費の目安

頭髪治療の内、男性型脱毛症や女性の薄毛に関する治療は健康保険治療の適応外です。従って、自由診療ですが、各医療機関にて治療費設定に差があります。 薬剤処方による頭髪治療の目安は、大よそ下記の通りです。(平成16年6月学会調べ)

プロペシア1mg/day(1月分処方料)
8,000円~15,000円
※平成16年11月万有製薬が発売以降 6,000円前後
ロゲイン2%(1月分処方料)
6,000円~15,000円
※リアップ1%(1月分購入価) 5,000円前後

この他に、初診料、検査料、再診料が別途請求されるようです。

f.追加

最近、問い合わせが多いケースとしてこのようなものがありますので学会としての判断を書き添えます。

1.事例
ある育毛サロンが顧客を診療所へ紹介してロゲインやプロペシアを処方してその発毛効果をその育毛サロンの営業に使っているがどうか。
2.判断
この診療所は日本医師会より出された「医師の職業倫理指針」の多くの項目で違反している疑いが強いと思います。特に、医師法では医師の広告と宣伝は虚偽または誇大にならないように制限されております。宣伝広告が出来ない医師が業者に宣伝させ集客する。顧客はサロンより診療所へ行くように指示され薬による治療を受ける。治療効果を業者が宣伝に使う。これは、宣伝広告が可能な業者と外観上はきれいに見せたい医師との法の網を潜り抜けるための協調関係です。従って、この事例は学会の判断以前の問題で、医師としての倫理感の欠如が原因と思われます。