知識

頭髪治療について

今川賢一郎

日本の植毛の現状について

 植毛の歴史は60年程で、10年くらい前までは「パンチ式植毛術」が主に行われていました。これは直径3~4mmの大きさで毛根ごとに採取した10本程のヘアの「株」(グラフト)をそのまま薄毛部分に移植するというものでした。ただ大きな株だと1度の手術のみで不自然に見えるのが難点で、この短所を補うため1株をより小さくする方法が考案され「ミニグラフト」「マイクログラフト」と名づけられました。これらはパンチ植毛術の補助的な方法として1990年ごろから用いられ始め、次第にミニ・マイクログラフトのみで行われるようになりました。
 1990年中ごろから、より新しい概念としてヘアの解剖学的単位、すなわち「FU」(フォリキュラーユニット)ごとに顕微鏡下で株分けする「FUT」(フォリキュラー・ユニット・トランスプランテーション)が発表され、またたく間に植毛医達に受け入れられました。現在欧米で行われている植毛法は旧態依然とした方法はともかく、次の3種類ということになります。

(1)マイクロ植毛
(2)ミニ・マイクロ植毛
(3)FUT

(1)と(2)はサイズの分類で、必ずしもFUと関連しない株分けで植毛する方法で、(3)はFUごとの顕微鏡下で株分けする方法であるという前提がつきます。
当然、単独ではなく、(1)プラス(3)とか、(2)プラス(3)のような組み合わせもあり得るわけでそのためにクリニックによって“○○式植毛”といった言い方になります。
なお、レーザー植毛など株のサイズごとに関係なく、植え込みに使用する機械の名称のものもあります。
このような欧米の植毛技術の進化のプロセスとは別に日本では多くのクリニックが単一植毛やバンドル植毛などの方法を採用しています。これは、1990年初頭に韓国の医師によって考案されたChoi式植毛針、それとよく似たKim式植毛針を用いて穴あけと植え込みを同時に行うシステムです。やはりFUごとに株分けされますが、顕微鏡を使わないので欧米では①の分類に入るとされています。欧米の株が次第に小さくなっていった流れとは違い1本ごとの株がFUという概念に結びついていった独自の方法と言えます。
 ご存知のように白人は金髪~茶色でヘアは細くてウェーブがかっています。それに対して日本人は直毛が多く、黒髪で太いという特徴があります。また密度も白人の場合200本/c㎡以上なのに比較して30%ぐらい少ないと言われています。これら日本人のヘアの特徴は植毛するにあたって白人と比較して不利なことが多くなります。つまり、同じ本数のヘアを得るためには広いドナーの面積が必要になります。また明るい色調の頭皮と直毛で黒髪のコントラストが強いため、地肌が見えやすく十分な密度の達成が必要になります。
 もう一つ、日本人は、ドナーの傷が目立ちやすいというハンデもあります。つまり、傷が盛り上がって赤くなる「肥厚性瘢痕」(ケロイド)をおこす体質の人が白人より多いといわれています。また、白人は小顔で奥行きがありますが、日本人はその逆です。つまりヘアラインをつくるためには、白人より多くのヘアが必要になってきます。そのため日本人の植毛はパンチ式植毛の時代にはなかなか普及せず人工毛植毛がそれにかわって盛んに行われてきました。
 ただ、先ほど述べたような過去10年間におけるこの分野のいちじるしい技術革新により「自然さ」と「十分なボリューム」の共々得られるようになって急激に植毛のシェアが拡大しているようです。
 欧米流のマイクロ・ミニ植毛やFUTなどの流れと日本、韓国独自の単一植毛法が混在しているのが日本の現状でしょう。

フォリキュラーユニットトランスプランテーション(FUT)

 今回ご紹介するFUTという植毛法で用いられるのがFU(フォリキュラー・ユニット)といわれる単位です。これは簡単に言えば毛穴の単位のことで、1つのFUには1本から4本の太いヘア(日本人は4本毛はまれ)と1本か2本のうぶ毛、皮脂腺、起立筋といったものが含まれ、1つ1つのFUはコラーゲンの帯で囲まれています(写真1)

FUTとは、すべての株を顕微鏡を使ってFUごとに株分けし植毛する方法と定義されています。現在世界の植毛専門医のほとんどが何らかの形でこの方法を採用しています。この方法の最大のメリットは「自然さ」と「達成される濃さ」にありますが、従来より手術時間が長くなることや高価な機械が必要になるなどのデメリットもあります。

FUTには次の3つのステップがあります。
(1) ドナー採取
(2) 株分け
(3) 植え込み

まずステップ(1)は、植毛する本数、または株数に合わせて帯状のドナーを採取することから始まります。その時再び脱毛する心配のない安全な後頭部の範囲は、両耳の上を結んだラインから下になります。もちろん側頭部(耳の上)からもドナーを採取することができます。
ドナーの密度は個人差があり、後頭部と側頭部でも違いがあるので、適当に採っていると誤差を生じてしまいます。そのため採毛部のヘアだけを短く刈り込んで密度を計測し正確にデザインします(写真2)。例えば160本/c㎡の密度である方が2000本の植毛をする場合には12.5c㎡のドナーが必要になり、それを1cm巾で採取するとすれば約13cmの長さの傷になります。もしドナーの密度が10%小さければ傷の長さは10%長くなることになります。なお、ドナーを採った後は縫合し、一本の線の目立たない傷になります。

ドナーを採取し終わったら、次にステップ(2)の株分け作業に入ります。この時使用されるのがマンティス顕微鏡と言われるもので、十分な明るさと拡大率が得られドナーを傷つけることを防いでくれます(写真3)。そして1本毛、2本毛、3本毛、2FUまたはバイ・フォリキュラーユニットのサイズに分けられた株をそれぞれ4℃に設定された生理食塩水の入った容器に保存されます(写真4)

こうすることで空気中の雑菌からも遮断されます。毛根は非常にデリケートで乾燥すると5分程で死滅してしまうと言われており慎重かつ迅速な作業が要求される作業です。

ステップ(3)ではカウントした株数に合わせて植え込む部分にスリットを入れていきます。1本毛は0.8mm、2本毛は1mm、3本毛や2FUは1.2~1.4mmというように株のサイズに合わせて針やミニブレードを使ってスリットを作りそこに植毛用の特殊なピンセットを用いて1株ずつ植え込んでいます(写真5)。 この作業は拡大鏡を用いて行われ、スリットは“毛の向き”や“深さ”に注意し、またなるべく密度を上げるように心がけていきます。 現在のところ実際に一回の手術で達成される密度は採毛部の25~30%程度です。そのため十分な濃さを得るためには2、3回の手術を繰り返す必要があるといわれていました。この点に関して一度でなるべく密度を上げる工夫が現在も続けられております。

(1)~(3)の所要時間は2000本程度で合計約4~5時間、4000本程度で6~7時間ぐらいとなります。またこの治療法は交通事故やいろいろな原因による瘢痕による脱毛症や頭皮以外、例えば眉毛やまつ毛、ヒゲやアンダーヘアの再建にも応用されています。